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新日本プロレスの再興

2019/01/14
 
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anikipercent

過去二回に渡って書いてきた新日本プロレスの歴史も今回で最後になります。

新日本プロレスの歴史 70~90年代編

新日本プロレスの歴史 2000年以降編

 

今回は上昇し始めた新日本プロレスからお伝えしますね。


闇黒時代からの脱出

棚橋選手の地方巡業での営業やファンサービス活動のおかげでだんだんと新たなファンが増えていきました

2005年に猪木さんが新日本の株式を株式会社ユークスに譲渡、子会社化されます。

猪木の会社でなくなった新日は、新日にあって新日にあらず。

退団者が続出します。

 

しかし、猪木さんは娘婿を社長に就任させ、裏から経営に口出ししてはきます。

肝心の試合以上にこのお家騒動が泥沼化し、ファンはあきれ果てしらけきっていました

 

話題を呼ぶために当時世界最大のプロレス団体である米WWEのスーパースターブロック・レスナーを呼び最高位のベルトIWGPを取らせます。

しっかし、本人はほとんど興行にこないし、筋肉は凄いが技術を魅せることが出来なかったので人気がありませんでした。

挙句の果てに組まれていたタイトルマッチをボイコット!

IWGPのベルトも持ち逃げされてしまい、新しく作り変えることになります。

 

急遽、IWGP選手権トーナメントという在籍トップ選手でベルトをかけた大会が興行されました。

ここでベルトを初戴冠した棚橋選手が今なお続くマイクパフォーマンス

愛してま~~~す!!」を初披露したのでした。

これを気に、第三世代との世代抗争で実力を挙げ新日の看板レスラーとなって行きました。


中邑の爆発

将来を期待され、若くしてIWGPを取らされた中邑選手はストロングスタイルを求めて迷走します。

師匠猪木さんとの確執などところどころで話題になっていました。

そして2009年、CAOSというユニットを設立したあたりから飛び膝蹴りを相手の顔面に放つ「ボマィエ」が必殺技となります。

この技の名前の由来は無論、猪木さんの入場テーマ曲からきていることは書くまでもありません。

 

マイケルジャクソンを意識した衣装と独特の身体をくねらせる動きで、ある意味キモカッコイイとも言うべき唯一無二の表現を生み出すことができました

そして2016年には世界最高の売り上げを誇る団体、米のWWEに移籍。

破格の扱いでデビューから一年足らずでトップスターの仲間入りを果たします。

 

特筆すべきはドハデな入場演出です。

バイオリンの調べが美しいオリエンタルな入場テーマ曲にのって、身体をクネクネさせながらの入場は必見。

バイオリニストを呼び生演奏での入場は最高に盛り上がります!

ファンの大声援&曲の大合唱!ここまでの入場盛り上がりは過去に類をみないほどです。

あえて挙げるとすれば武藤のヒールバージョンであるムタくらいでしょうか。


選手のTV進出

真壁刀義選手はヒールユニット「G・B・H」に所属してから目立ち始め、2009年にはG1優勝、2010年には中邑からIWGPヘビー級王座を奪取し初戴冠しました。

キングコングニードロップやコーナーポストからの雪崩式で繰り出すスパイダージャーマンなど破壊力抜群の得意技を持っています。

新日の広報レスラーとも言わんばかりにテレビでの活躍も目立ちます。

スイーツ真壁と言われるほどに甘いもの好きで、お酒は弱いという意外な一面もあり、ヒールレスラーであるにも関わらずお茶の間好感度の高いタレント振りも魅力ですね。

 

棚橋・真壁の2人がテレビ活躍することで、新日の知名度&イメージアップにつながっていると感じます。

このテレビ出演が大事な新規ファン開拓の一助となっている点も近年の人気回復の要因でしょう。

 

脱猪木を果たし、新しい世代による新しいプロレス。

そして、そこに付き出した新たなファンが今日の隆盛の基礎を形作ったのだといえるでしょう。

 

次回はブシロードが親会社になり、オカダカズチカというまた新たなスターによる人気上昇を書く予定です。

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